各種資料・統計集

(2) 罷免の訴追を猶予した事案の概要

1    調停期日に当事者が出頭せず、代理権の証明のない代理人しか出頭していなかったにもかかわらず、これを確認することなく調停を成立させた上、書記官補に注意を与えなかったため、調停調書に本人が出頭したかのように誤記するに至らしめ、更に自らその調書に裁判官として署名するに際してもこれを看過して訂正しなかった。
 上記行為は、弾劾法2条1号の職務を甚だしく怠ったときに該当する。しかし、悪意に出たものとは認められず、また、既に裁判官分限法の処分に服して深く謹慎の意を表している情状にかんがみ、罷免の訴追を猶予する。
昭和25年 11月 20日 決定

2    証人の庁外尋問に際し、調書の作成方法について裁判長と意見の相違を来すや、その後に予定されていた証人尋問に立ち会うことなく、無断で帰宅した。
 上記行為は、弾劾法2条1号の職務を甚だしく怠ったとき及び同条2号の裁判官としての威信を著しく失う非行があったときに該当する。しかし、任官以来職務に精励し、訴訟促進についても少なからぬ成績をあげていること、現在、深くその非行を悔い、謹慎の意を表していることなどの情状にかんがみ、罷免の訴追を猶予する。
昭和26年 10月 10日 決定

3    前科の関係から執行猶予は付けられない被告人に対し、判決書には実刑の記載をしていたにもかかわらず、執行猶予付き判決を宣告したため、判決確定後、検察庁から、同被告人が執行猶予の宣告を受けたので収監に応じないと言い張っているとして判決内容の確認を求められるや、執行猶予を付した判決原本及び同判決原本に基づく執行猶予付き判決書謄本を作成して、前の実刑記載の判決書謄本と差し替えた。
 上記行為は、罷免事由に該当するが、執行猶予の宣告をしたのは事件輻輳のため記録添付の前科調書の審査を不用意に忘失した結果であり、判決原本の書き直し等についても、同裁判官が正式な研修を経ない特別任用に基づく簡易裁判所判事であったからであり、悪意に出たものとは認められないこと、改悛の情が顕著で謹慎の意を表していること等にかんがみ、罷免の訴追を猶予する。
昭和28年 11月  6日 決定

4    市役所首脳に対する横領等被疑事件について、市長から相談を受け、旅館において市役所及び警察署の幹部らと会談して酒食を共にし、帰宅直後、同事件のもみ消しとも解される書信を、同会談に同席した警察署の刑事課長に送った。
 上記行為は、甚だ慎重を欠く言動であって、弾劾法2条2号の裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったときに該当する。しかし、事件もみ消しの事実はなく、謹慎の態度顕著なるものがあると認められるので、罷免の訴追を猶予する。
昭和29年 11月 12日 決定

5    いわゆる吹田騒擾事件等を裁判長として担当し、被告人団が公判廷で、全世界平和のため、スターリンの死に対して、ローゼンバーグ夫妻の死に対してと称して、拍手ないし黙とうをし、また、毎公判期日に裁判所構内及び公判廷で革命歌を高唱するなどして他の法廷の審理にも支障をきたすほどであったのに、何らの措置をとらず、特に、第29回公判においては、被告人らから朝鮮戦争の休戦等に対して拍手、黙とうをしたい旨の申出があり、立会検察官から異議の申立があったにもかかわらず、「裁判所は禁止しません。」と宣してこれを許容した。更に、他にも適切な訴訟指揮をとらなかったため、しばしば法廷の混乱を招来せしめたほか、同事件を担当した書記官補による調書の作成遅延等に対する監督不行届きや、違法な調書作成に対する黙認があった。
 上記行為は、弾劾法2条1号の職務上の義務に著しく違反し、また、甚だしく職務を怠ったときに該当する。しかしながら、同事件審理の全過程を精査すると、円満な裁判運営を期するあまり、当然とるべき措置もとり得なかった事情も窺われ、この種案件の審理には幾多の困難な事情が伴うことも洞察でき、また、法廷その他における措置に大いに改善の跡がみられるので、罷免の訴追を猶予する。
昭和29年 11月 12日 決定

6    判決理由の告知中に、既に解任された弁護人に対し、次のような趣旨の発言をした。「同弁護人の尋問は非常に子供だましの尋問である。裁判所はそんな尋問にはだまされない。こういうことでよく試験が通ったものだ。私は同弁護人の弁護士としての資格を疑う。同弁護人は、この法廷で裁判所に対し悪態の言いたいだけを言った。ところが今日の判決には辞めてしまって出て来もしない。これがアメリカの法廷ならば、『弁護人ちょっと待ちなさい。あなたを法廷侮辱で6か月の監置にします。』と言いたいところだけれども、日本の裁判ではそれができない。甚だ残念なことである。こういう弁護士しか出て来ないから裁判官のなり手がなくて困るのだ。」
 上記行為は、弾劾法2条2号の裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったときに該当する。しかし、同弁護人が訴訟指揮を非難し、異議申立てを頻発するなどして審理が順調に進行せず、被審査裁判官が異動するまでに事件を終了させようと焦慮していたこと、あらかじめ計画的に同弁護人を侮辱しようと意図したものとは認め られないこと、同発言について率直にその非を認めていることなどから、罷免の訴追を猶予する。
昭和40年  5月 17日 決定

7    いわゆる長沼基地訴訟事件を裁判長として担当していたところ、同事件の係属する地方裁判所長から、同事件についての個人的見解を述べた書簡を交付された件について、同書簡の取扱いは裁判官会議で審議することになっていたにもかかわらず、東京の裁判官らに同書簡のコピー数枚を送り、なりゆきにまかせたため、そのうちの1通が新聞記者に入手され、テレビ、新聞で公表される結果になった。また、同所長が民事所長代行裁判官に交付した同事件に関するメモは、裁判官会議において、同書簡検討の参考資料にすぎないから公表の必要はないものとされ、また、受信者である同民事所長代行裁判官からも公表を拒否されたにもかかわらず、同メモは同書簡とともに一連の裁判干渉書簡であるとの独自の見解に基づいて、これを公表した。
 上記行為は、裁判官会議非公開の原則を侵したものであり、弾劾法2条1号の職務上の義務に著しく違反したときに該当する。しかし、同書簡は具体的事件の判断に関する意見を述べた書面であり、しかも、求めてもいないのに所長の立場にある者から決定告知前に交付されたものであるから、受け取る側としては助言の域を超えた干渉ではないかと一応考えることも無理でないこと、同書簡が公表されたのは同裁判長の依頼によるものではなく、また、同メモも同裁判長が記者団と面談中たまたま同メモに触れたため、記者団に迫られた結果公表したものであることなどの諸事情を総合して、罷免の訴追を猶予する。
昭和45年 10月 19日 決定